ずっと昔、泥汚くて、触れられることすら警戒してた。
幼い牙で噛み付いて、何もかもが敵に見えて。
それが自分を守る唯一の手段。
そんなある日、出会いは突然だった。
黒を纏った私を包んでくれるその手が、私を引っ張ってくれた。
最初は反抗する日々だった。
だけどその手は決して諦めることなく、無償の愛を降り注いでくれた。
こんな私を受け入れてくれて、毎日がとても幸せでした。
ご飯は美味しく、私を触るその手はとても暖かかった。
私に温もりを教えてくれて、この毎日がずっと続けば良いさえも思った。
そんなある日、私たちは車で山へ向かった。
とても走りにくい砂利道で、辺りは木に囲まれている。
そこに灯りはなく、時々木から溢れる陽の光が差し込む程度の山だ。
そんな山道を車でしばらく走っていた。
雲行きも段々と悪くなり、雨が降ってきた。
どこに向かっているんだろう?
私は次第に不安になってきた。
すると、車は止まった。
しかし、そこには何もない。
見渡す限りのそびえ立つ木々や倒木。
私は車から降ろされた。
私を見る、浮かんだ涙。
そこにいつものあの笑顔は無かった。
「どういうことなの?」
私の心は虚無と化した。
バイバイと手を振る君。
暖かかったその手に、今は冷たさを感じる。
文字通り、頭が真っ白になった。
思考が停止した。
君は涙を拭うと、再び車を走り出した。
鳴り響くエンジン音を聞いて、ふと我に返った。
「まって!!!」
胸がはち切れるほど叫んだ。走って追いかけた。
倒木や水溜まりが追い討ちをかけるように行く手を阻む。
走って追いかけても車は無情にも段々と距離が離れていく。
だけど走り続けた。
泣きながら走った。
泣き叫びながら走った。
涙で前が見えなくなってきた。
終いには車が見えなくなってしまった。
けれども走り続けた。
あの日々に戻りたい。
ただただそう願って。
その願いだけが私の原動力となり、ひたすら走り続けた。
辺りは暗くなってきた。
もうどれくらい走っただろう。
もはや歩くことさえも精一杯だ。
あの温もりに包まれたい。
だけど今は冷たい雨が私に降り注ぐ。
足を引きずりながらも、ただただ走った。
帰りたい。
その一心でひたすら進み続けた。
もう何日走ったか分からないくらい、ただひたすらに走った。
途中何度も挫けそうになりながら。
いつしか、やがて灯りが見えてきた。
「着いた。」
私が住んでいた街並みがその目に映し出される。
私は探した。
あの居場所を。
こんな私を救ってくれたあの温もりを。
そして、ようやくたどり着いた。
もうすでに満身創痍だ。
最後の力を振り絞るかのように、あの居場所への扉を開けた。
どのくらい経っただろうか。
あの温もりに飛びつきたい。
ただいま!!!
しかし、そこにはもう私の知る人は居なかった。
そこにいるのは見ず知らずの人間だった。
私は煙たがれるように追い払われた。
あの時、私は捨てられたのだった。
信じたくない事実が突き刺さる。
私の知るあの人は引っ越してしまったのであった。
引っ越すために、私は山に捨てられた。
もう私の居場所はここには無い。
どこにも無い。
私にはもう流せる涙は枯れてしまった。
あんなにがんばって走ってきたのに。
私はこれからどうしたらいいの。
走るどころか歩く気力すらもう残ってなどいない。
お腹は空き、壁にもたれかかる。
痩せこけた顔で、まるで昔のような自分に戻った気分だった。
悲しさなど等に無く、結局人間なんて信じられなかったんだ。
私はせめて誰にも見つからないところで眠ろうと必死に動いた。
目の前は段々と視界が狭く、そして暗くなっていった。
瞼が重い。
それはとても抗えなかった。
今までの思い出が走馬灯のように頭をよぎっていった。
私はただ寂しかった。
独りがこわかった。
ただそれだけ。
冷たいコンクリートに私は寄り添った。
私は猫。
これは捨てられた猫の物語。。。